飲茶著『正義の教室』内容の要約。3つの正義とその問題点

ムツカシイ哲学を分かりやすくかみ砕いてくれる飲茶さんの本。

ぼくもファンの一人です。

最新刊、『正義の教室』も滅茶苦茶面白かった。

タイトル通り、「正義とは何か?」を追求する本。

今回は小説形式となっていて、いろんな「正義」を信仰するキャラクター達の議論がみどころとなってます。

その内容をまとめてみました。

3つの正義

『正義の教室』の主人公は高校生の正義(まさよし)君。

生徒会長の彼は、「正義なんてこの世にない」というさめた考えの持ち主です。

そして彼を取り巻く女子生徒会役員が3人。

彼女らはそれぞれの正義観を持っており、考えの違いから対立することもあります。

千幸の信仰する正義は功利主義。

ミユウは自由主義者。

そして倫理は直観主義を支持しています。

この本によると、正義の形は平等自由宗教、この3種類しかないそうです。

この4人が選択授業「倫理」を受講し、風祭先生と出会って物語は動きます。

『正義の教室』の軸は「人が決断を迫られたとき、何を基準に行動すればいいのか?」をもとめ、3つの正義の概要とその問題点を洗い出すこと。

それぞれ、みていきましょう。

正義①「功利主義」

功利主義とは?

千幸が支持する「功利主義」は、「人類の幸福度の総量」の大きさで正義を語る理論。

千幸はこれを「ハッピーポイント」と説明し、そのポイントの合計値が高いほうがいいよね!とみんなに説得しています。

実例でいうと、「一個のおにぎりを3人で分けるときの最適解は?」問題。

みんな同じ空腹なら三等分すればいいけど、仮に2人がすでに満腹だったときはどう分けるのがいいか?

この場合、みんなの「ハッピーポイント」がどうすれば最大になるか、を基準に考えます。

空腹の1人にはおにぎりを多めにあげたほうが、ハッピーポイントは高くなりそう。

対して満腹の2人におにぎりあげても、ハッピーポイントは大して高くならなそうです。

つまり、「一人に多めにあげて、満腹の2人には少なめにあげる」がハッピーポイントを最大にする方法。

このように、迷ったときはみんなの幸福度の最大を目指そう!というのが功利主義。

結構賛同できる人も多い気がします。

この功利主義に基づけば、有名なトロッコ問題は「レバーを引いて一人を殺す」が正解になりそうですね。

功利主義の問題点

功利主義、一見無難でわかりやすい理論に思えますが、問題点もあります。

1、幸福度は測れない

まずそもそもの問題として、「ハッピーポイント」ってどうやって測るの?という疑問があります。

人の幸せは目に見えて数値化されているものでもないし、仮に数値化できたとしても(ケーキ食べたら100点!デートは500点!みたいな)、人の幸せの感じ方なんて人によって違うんだから、比べようがありません。

2、快楽の質

功利主義では快楽(幸せ)の「量」で考えるので、快楽の「質」には干渉できません。

例えば、休日の過ごし方として、美術鑑賞や自己啓発のような高尚な趣味と、一日中酒を飲んで寝て過ごす低俗な趣味ではどちらが望ましいか、と言われれば前者と答えたくなります。

でも快楽の「量」で言えば後者のほうが多いかもしれません。

ほかの例でいうと、盗撮魔は許してはいけない犯罪ですが、被害者にバレさえしなければ、全体のハッピーポイントは増えこそすれ、減ることはありません。つまり、功利主義ではこのような行為を断罪できません

これでいいのか。

3、強権的支配を生みやすい

功利主義最大の問題は、「強権的な支配を生みやすい」という点です。

どういうことか。

仮にAIの発達とかでハッピーポイントが正確に測れるようになったとして、

こうすれば幸福度が最大になります、という「正解」が生まれてしまうわけです。

ケーキを食べてはだめです。これを食べなさい。

あなたが「##」と発言すればあの人が悲しみます。「~~」と発言しなさい。

あなたが死ねばみんなが喜びます。自ら命を差し出しなさい。

このような正解に強制されて生きていくのが功利主義の「正義」です。

耐えられるでしょうか?

功利主義は「平等」の正義。合理的でバランス感のある理論だけど、なんだか息苦しそうです。

正義②「自由主義」

自由主義とは?

ミユウが支持しているのは自由主義、シンプルに「自由を侵害しないのが正義だよ!」という考え方です。

こう見ると簡単な理論ですが、実は誤解が多い理論なんだとか。

自由主義を自分でかみ砕こうとすると、

自由を尊重することが幸福につながる!

となってしましそうだけど、この考えはこの本に言わせれば「弱い自由主義」だそうで、つまり「幸福>自由」になってる時点でそれって幸福度を高める功利主義だよ、ということ。

「強い自由主義」というのは「自由>幸福」なわけで、こっちが本当の意味での自由主義。

「他人の自由を侵害しない限り何してもいいよ、自由にやんなさい」というのが自由主義の本質です。

もっと言えば、「自由を守ることが結果に関わらず正義、自由を侵害することは結果に関わらず悪」

これが自由主義。

例えばこれもよく問われる問題ですが「自殺願望がある人を殺すのは正義か?」という問題。

自由主義に従えば答えは「殺してもいいし殺さなくてもいいよ、好きにしなさい」

これは好みがわかれるかも。

自由主義の問題点

1、弱肉強食の世界

自由主義はみんなが自由にやる理論なので、能力や出自によって差が大きく出てしまいます。

恵まれている人には心地のいい世界かも知れませんが、そうでない人には少々辛いでしょう。

そして、そんな恵まれていない人を、助けるも助けないも「自由」。

弱いやつはほっとけ、がまかり通るのが自由主義です。

2、非道徳的行為の増加

自由主義は他人の自由を侵害する行為はNGなので、基本的に殺人や強盗は許されません。

しかし、両者の合意があれば、殺人、売春、麻薬売買等の非人道的行為も「自由」なんです。

好きにすれば?ってことですね。

自分のことならまだしも、自分の大切な人が非人道的行為に手を染めようとしたら・・・

止められずにいられるでしょうか。

自由主義は徹底した自己責任の「自由」の正義。功利主義と対照的な考え方です。

正義③「直観主義」

直観主義とは?

最後に、倫理が信仰する「直観主義」。

シンプルに言うと、「正義とは何か?」との問いに「自分の良心に従えばわかるはずだ!」と答えるのが直観主義。

うーん、

それが正義のあるべき姿と言われればそうかもだけど、そんな投げやりな・・・

と思わなくもありません。

しかしこれが直観主義。具体的に言うと、「善」「正義」は人智を超えたどこかに必ず存在し、それを観ることで感じることが出来るという考え。

人間が必ず持っているはずの道徳観、それに従ったときに直観的に感じ取る「正しさ」、これを信じようというのが直観主義です。

特長的なのは「正義」の実在を信じている故、直観主義は絶対的な正義観を持っています。

例えば人を殺すことは悪。嘘をつくことも悪。これは誰にとっても明らか。

つまり人を殺さないのが善。嘘をつかないのが善。これは万人に当てはまる絶対的な善です。

直観主義は「正義」「善」を神格化しているイメージですね

直観主義の問題点

1、正義を直観することはできない

身も蓋もない問題ですが、そもそも有限的存在の人間は「限りなく正しい」正義など分かるはずがない、というのが実際です。トロッコ問題に代表されるような答えの出しようもない問題に突き当たったとき、どれほどきれいごとを並べようとしても直観主義は答えを出すことが出来ません。

これが直観主義の最大の弱点です。

直観主義は「宗教」の正義。どこかにある真の「正義」を信じたい気持ちは確かにあるけど、難しいのかもしれません。

答えはあるのか?

千幸、ミユウ、倫理。3人の信仰する正義にはそれぞれ問題点があることがわかりました。

それではこの世に完璧な正義などないのか?

さらに風祭先生が語るのは「構造主義」。詳しくは本を読んでもらうとして、簡単には現代は社会のシステムに支配されて、人間の思考も構造にコントロールされているという恐ろしい状況だということです。

そんな現代で、何を信じて行動すればいいのか。

本書の主人公である正義(まさよし)は、物語の中で一つの答えを出します。

その答えが明かされるラストシーンは衝撃そのもの。

(ちょっと口コミ調べた人ならわかると思います。)

彼がどんな答えを出したか、自分がどんな答えを出すか、気になる方は是非読んでみてください。

この表紙の表情が正義の本質を物語ってます。