音楽

東京事変『獣の理』歌詞の意味と解説。

東京事変『音楽』に収録されている楽曲『獣の理』。

この記事では、林檎・事変ファン歴8年の筆者が楽曲の歌詞について考察したことを書いていきます。

正解はわかりませんが、あくまで僕個人の解釈となります。

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『獣の理』歌詞

不安定な天気雨日の射すほうへつい目が行って

陰った位相見え隠れこの世はなんて厄介なんだ

果たして濁りと清さ両方併せ呑んでしまいたい

全盛期到来体験している未来が熱心に誘おうが

やっとちょうど時間の真ん中を掴む瞬間緊張感

今は僕の番

初心に帰る術さえ得られりゃもう実質天下無双

処刑台へ問い掛けてこの世に良心があるのなら

指して叶わなくても上等夢くらい抱いていたい

宣言しよう愛で出来ている理性が覆り匿おうが

王道をきょうも命の真ん中で生きる直観臨場感

今が僕の番

誰が何と云おうと結構ですどこへでも行きます

真相を頂戴

東京事変 『獣の理』

『閃光少女』とのシンクロ性

僕はこの歌詞を見た際、第一印象として閃光少女』を想起しました。

東京事変の代表曲の一つであり、難解な言い回しが多い椎名林檎の歌詞の中でも、比較的ストレートにメッセージを受け取れる一曲です。

今日現在(いま)を最高値で通過していこうよ

明日まで電池を残す考えなんてないの

昨日の誤解で歪んだ焦点(ピント)は

新しく合わせて

東京事変『閃光少女』

『閃光少女』の「昨日、明日への打算を排してこのいま一瞬を全力で生きる」というメッセージは、『獣の理』の歌詞でも随所に現れています。

全盛期到来体験している未来が熱心に誘おうが

やっとちょうど時間の真ん中を掴む瞬間緊張感

今は僕の番

東京事変 『獣の理』

ほかにも、『自由へ道連れ』『雨傘』に通ずるメッセージも僕は感じました。

椎名林檎の歌詞はしばしば『周囲に流されず、自分の直観に従い生きる=アイデンティティの確立』というテーマを掲げています。

上記2曲は個人的に好きな歌詞が詰まっているのですが、今回の『獣の理』にもそのような一説が見受けられます。

宣言しよう愛で出来ている理性が覆り匿おうが

王道をきょうも命の真ん中で生きる直観臨場感

今が僕の番

誰が何と云おうと結構ですどこへでも行きます

真相を頂戴

東京事変 『獣の理』

「閃光少女」にも「五感を持っておいで」という歌詞があるように、上記2点のテーマはともに共鳴するもので、『獣の理』の主軸としては「周囲の目、将来への不安などのノイズを排除し、今を直感的に生きる」というメッセージがあるように感じます。

『獣の理』の背景

上記でまとめたように、『獣の理』の主軸は「今を直感的に生きる」ことだと解釈しました。

じゃあこの曲は今までに書いた「閃光少女」他の曲と同じことを伝えたいのか?というと、そうでもない気もしてきます。

上記の考察で歌詞を読み解いていっても、漏れ出てくる歌詞が出てきます。

不安定な天気雨日の射すほうへつい目が行って

陰った位相見え隠れこの世はなんて厄介なんだ

果たして濁りと清さ両方併せ呑んでしまいたい

東京事変 『獣の理』

サビに行く前のAメロ~Bメロ部分。

何とも言えないのですが、この世界の難しさ、理不尽さを受け入れた落ち着きが感じられます。

天気雨のような矛盾が「不安定」に「見え隠れ」する様、それを「厄介」として

この世に蔓延る「濁りと清さ」の存在を両方認めたうえで「併せ呑んでしまいたい」としています。

このような世界描写は例えば「閃光少女」にはありません。

「少女」の純真無垢性を発揮し、未知の世界でただ突き進む同曲に対し、

獣の理』は飽くまでこの難解な世界で体よく生きる術(周囲に合わせる、リスクを避ける)を学んだうえで、前項のテーマに立ち戻った、そんなバックボーンを感じてしまいます。

初心に帰る術さえ得られりゃもう実質天下無双

処刑台へ問い掛けてこの世に良心があるのなら

指して叶わなくても上等夢くらい抱いていたい

東京事変 『獣の理』

「初心に帰る」「処刑台」というフレーズからも、人生をある程度こなし、ゴールを想定する時期に到達した書き手の背景が想像できます。

そして、初心に帰る術さえ得られりゃもう実質天下無双「夢くらい抱いていたい」というフレーズから想像できるのは、この書き手が「直観のまま生きる」という「閃光少女」の意思を一貫して保てていたわけではなく、世界を知り、「直観」以外を頼る必要性を痛感させられてきた人生のベテラン期において、それでもなお若い頃の「直観」を命の真ん中に置きたい、という決意があったということです。

つまり、『獣の理』は、『閃光少女』『自由へ道連れ』時(少年・少女期)に抱いた『直観を信じる』という人生哲学が、この複雑な世の中で通用しないことを悟った壮年期において、それでもなお原点に立ち返るという歌詞になっていると考えます。

おわりに

初めにも述べているように、上記の考察はあくまで僕個人の解釈となるので、椎名林檎の本意とは異なる部分があるかもしれません。

しかし、椎名林檎の難解な詩は、読み手によって異なった解釈を生み出すのが魅力の一つだと思っています。

皆さんも歌詞を読み解いていけば、新たな発見が生まれるかもしれません。